日本ビジネス心理学会
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■意志力の心理(1):構成概念としての心理の“力”

人が心を理解するのは目に見えないものであるがゆえに、どうしても主観的なあいまい性が残るものになりがちです。そこにどんな働き(機能)や効果があるのかは外側に出てくる行動や結果としての成果物でしか評価できません。それゆえ、私たちの日常では「・・力」といった力を軸にしたコトバで表現されることが多いのです。

こうしたコトバによる表記の仕方は「構成概念」とよびます。これは理解が容易になる反面として単純化しすぎたり、複数の要因が含まれているのを無視してしまったりする誤りが起きやすい問題があります。

「意志力」もそうした構成概念のひとつだですが、この概念を形成する要因としてどんなものがあるか、ここで整理しておきましょう。
1)継続した行動を伴うものであること
2)一定レベルの努力を必要とするものであること
3)目的への一貫性を持つ行動であること

つまり、意志力はこの3つの働きで構成された力を合わせた概念なのです。そこから、もし研修などで学習させるようなことを考えるなら、どんな内容がふさわしいかが見えてきます。

たとえば、1番の継続行動については習慣との関係がテーマになります。どうやって良い習慣を増やすようにするかです。2番であれば、努力をするエンジンとなるもの、モチベーションの在り方が問われるわけです。やる気とモチベーションの違いを理解することや、怒りや希望といった感情がどうモチベーションを増幅させるか等のテーマが重要なのです。

そして、3番目は目的という内容そのものの価値や意義づけに関わることがテーマになります。これはミッションの意識を持ったり、どんな意味をそこに見出すかが問われることになるでしょう。

このような3つの課題は、それぞれが深い内容であるために互いに関連がある形で意志力として働くと考えられます。

しかし、研修など目的の明確な教育の場では、絞ったテーマで実践できるようにしないと焼石に水のような話になってしまいがちです。とくに、最近よくあるファシリテーション型研修や、振り返り型研修など現場での課題を反省させる教育手法は注意しなくてはなりません。

講師が“型”をはめた形で行うパターンが多く、カードでまとめたり討論をするのですが、カード依存の思考に陥っていることに気づいていないからです。声に出して互いの気持ちや思いを“語る”プロセスの意味がわかっていないのです。

そのため、カードに書かれた文字が場当たり的な内容であっても、研修中はそれに引きづられたまま終わってしまいます。それは本来、その場にいる参加者同士が互いの声を交流しながら、新しい視点や考えを取り込んでいくプロセスであるはずです。にもかかわらず、カードが主体になってしまい、ゲーム感覚の遊びでそれを絵的な形にまとめたりする「操作思考」に終始してしまうっている例がたくさんあります。

本来、カードなどは川喜多次郎(筑波大学名誉教授)が開発したKJ法がもっとも知られるもですが、カード活用が深く考える場にならずに、書くという作業によって何かを達成した気分になって、互いに意見を交換したように思い込んでしまう。あるいは、こうした過去の例で感想程度の中身を、カードに書き出して終わる程度のものも多いからです。

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マネジメント心理(7):ドラッカーの”営業力”説(その2)

■営業力を問う(その2)

「売上」を上げることだけに関心が向いてしまうと、大きな落とし穴にはまるリスクがあります。
まずその第一の落とし穴は、販促費など費やして集客をすれば売上が上がると思い込み、POS情報など分析させて顧客のターゲットを決めるといったよくある販売方法の問題です。

確かに顧客を知る必要はありますが、このPOSデータなどを活かすのは本来現場の責任者らがどういう商品・サービスの企画を創るかにかかってきます。顧客のターゲット等はあくまで過去の情報による過去の商品・サービスへの評価であることです。

そこには、現在から未来にかけて何を消費者が求めているかは示されてはいないからです。過去の足跡をたどれば、これからの未来の道筋が見えるというのは今の激しい変化の時代ではますます危うい考え方になっているのです。

セブンイレブンの鈴木敏文会長がよく言うのは、情報をただデータから集めるのではなく、まず在りたい姿が何かを描くということ、つまり、この先にある顧客の動きを予想するための「仮説検証」の大事さです。

具体的な例をあげれば、地方の中堅スーパーなどで、まず各現場の店長が自分の責任として売上の仮説モデルを創るのです。そのためには、例えば店長キャラクターをPOPのカードに描き、「店長お薦め」といった形で来客者の目につくようにします。そうすることで、その店舗の商品の訴求すべき内容を店長みずからの“顔”で顧客に伝える場が生まれます。そこが心理学的には重要なのです。

店長はその店の管理者という意味ではなく、あくまで顧客に対する価値の提案をする顧客に責任を持つ者ということです。それを店長がするには、当然ながら売っている商品の評判や品質を常に理解するために情報収集もしておく必要があります。顧客の反応を自らが正確に理解することが最優先だからです。

そのうえで、どんな販促や商品企画が必要かを発想しなくてはなりません。この能力は現場にいる自らのスタッフらと「共創」していくものなのです。

【執筆:匠英一】

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マネジメント心理(6):ドラッカーの”営業力”説(その1)

■営業力を問う(その1)

最近の就活事情を調査すると、学生側の就ききたい仕事と企業側がやってほしい仕事のギャップが大きくなっているようです。
端的にいえば、企業側で求めているのは、営業ができる人材です。ところが、営業はノルマを課せたれたり、顧客に断られたり、クレームを言われたりと成果を上げるために競争を強いられることが多いものです。

本来は、他者を説得するというコミュニケーション力が問われる仕事だからこそ、最も心理学が活かせる分野でもあるのですが、残念なことに人気職種のワースト1になっているのです。
そんなことからすると、営業の仕事をしたいと希望すれば多くの企業は間違いなく採用の対象として評価するはずが、需要と供給の関係ではどうもうまくマッチしていないのです。

そこで、「心の科学」として営業力を考えてみましょう。
まずは営業とは何か、それに必要な能力とは何か、この2つの問題を整理しておく必要があります。
ここでは営業を次のように定義しておきます。
「営業は自社の商品・サービスの購入を見込み客に直接・間接を問わずに具体的なアクションを通じて促し、企業の収益に貢献つつ顧客ロイヤルティを創る業務である。」

営業をただ商品というモノを売るだけの職業とみなすのではなく、見えないモノとしての「サービス」という経験価値を顧客(見込み客)に提供するものだということです。
そして、営業は3つの領域に分けて考える必要があります。

第1に「営業プロセス」ということ。これは購買前と購買時、購買後のそれぞれの行動プロセスで何がどう購買の動機やその行動に影響を与えるかを知ることでもあります。

第2に、「営業表現」ということです。わかりやすく言えば営業トークのことで、どう相手に納得のいく表現で語り訴求するかです。

そして、第3として「営業内容」であり、商品知識やどんな欲求やニーズに応えるか、売りのコアとなる内容のことです。

この3つのレベルは異なるものですので、どこを重点に営業活動をするかを理解し、自己の強みとなる領域が何かに合わせてスキルの向上をめざすことが心理学的な面から営業力を向上させていくポイントなのです。

できる営業というと、“営業トーク”のような説得力があることだと考えられがちです。ところが、それは「営業表現」の領域であって営業の一部なのです。
営業トークだけが優れていたとしても、商品価値の内容自体が貧弱ならどうでしょうか? それでは、詐欺的な説得になってしまいます。またプロセスで適切な情報管理をしていないと、クレームがあっても同じ失敗を別の営業担当がするかもしれません。

つまり、現実の営業では、“表現”と“プロセス”と“内容”の3つが相乗効果として働いてはじめて効果となるのです。
営業での戦略的な目標(目的や理念も含む)も重要な“内容”として関わってきます。
とくにプロセスを考えた場合、そこには営業を個人の仕事としてだけでなく、チームや組織としての連携が求められ一貫したサポートや管理が求められるようになります。

だからこそ、企業の総合力として営業を“プロジェクト”という視点から見直すことも必要なのです。
プロジェクトには共有すべき知識・情報のマネジメントや相互の理解、とくに感情的なトラブルへの対処などが重要な課題となってきます。

トラブルは違う人間同士が協力し合う以上は避けてとおることができないものです。それを未然に防ぐだけでなく、発生した時点で修復しながら最善の解決をしていく能力が問われます。この能力が組織の“レジリエンス”(耐性)なのです。

これは個人のレベルとは違い、たとえ、議論をバトルのようにした後でも、決まった事は一緒に協力して行うキャパシティのような力のことです。信頼があるからこそ、バトル的な議論もでき、しかも決まったことについてはまずは協力してチームワークで動けるわけです。

そこにはチームの中での個人の役割意識がプロとしてあり、個々の利益を越えた組織共通の目標への達成に力を合わせるプロ意識があるといえるのです。
このプロ意識という点について、私はドラッカーが述べた「プロフェッショナル性」と同義だと考えるものです。

これは云いかえれば、その仕事の領域で自らの卓越性と組織の発展を統合する力を持つエキスパートのことだといえます。
そして、さらにそこには“ミッション”があります。真のプロの在り方として、ミッションを持った者として定義したところにドラッカーの卓越した見方があるのです。

その観点からドラッカーは次の5つの問いを重視しています。
1:われわれのミッションは何か
2:われわれの顧客はだれか
3:顧客にとっての価値は何か
4:われわれにとっての成果は何か
5:われわれの計画は何か
私はこの5つの意味を理解し実践することが、ビジネス心理のエッセンスでもあると考えます。

【執筆:匠英一】

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マネジメント心理(5):ドラッカーの”期待マネジメント”説

■「期待マネジメント」が創り出す「顧客満足」

ここではクレーム客への対応の視点から顧客満足度(CS)と顧客の「期待」について考えてみましょう。
ドラッカーはコミュニケーションの前提として「期待」について次のように述べています。
「受け手が期待しているものを知ることなく、コミュニケーションを行うことはできない。期待を知って、初めてその期待を利用できる。あるいは、受け手の期待を破壊し、予期せぬことが起こりつつあることを強引に認めさせるためのショックの必要を知る。」

たとえば、同じクレーム客でも、きちんと対応をすることによって「自分の期待以上にここの会社はよくやってくれた。ここの会社は良い会社だ」と逆にロイヤル顧客になるケースが5%あることがわかっています。 一方で対応を誤れば、悪い噂を撒き散らす「キラー客」となり、その企業にとって甚大な損失を与えます。

ある日曜のときのこと、中年サラリーマンの田中さん(仮称)が家の近くのスーパーへ行き、レジに並んでいたときのことです。田中さんの前の客には店員がナイロン袋に詰めていたのが、彼の順番になったときには、ただ袋を渡されただけったのです。 田中さんにすればおもしろくありません。 そこで彼は、「後ろに客が並んでいるわけでもないのに、これはどういうことか」と強い口調で店員に問いました。

店員は「袋詰めは当店ではセルフが基本でして・・・」と説明はするのですが、田中さんからすれば納得できません。前にいた客は同じような年齢の中年の背広姿の人でしたが、田中さんはそのとき短パンのカジュアルな服だったのです。そこで、客の姿からなんとなく差別をしていたように感じたのかもしれませんが、怒りはおさまりません。
田中さんは、その場はもう買い物を辞めて商品を返してしまい、店員への怒りのコトバを投げつけながら帰ってしまったのでした。

おそらく、店員はその紳士客へのちょっとした気遣いから袋詰めをしたと考えられます。これは好意であって義務ではないことも確かです。問題はその行動自体の是非ではなく、それが他の客にどういう印象や感情を生むか、その状況を考えなかったことでした。

こうしたサービスにおける顧客対応の問題は常にどこでも起きがちな事です。これは一見すると極端にみえますが、実は至るところで同様な「ガンバル仕事人」の勘違いがみられるのです。

この場合、店員からすると好意としてのプラス行動をしただけであって、悪く言われる筋のものではないと思っていたかもしれません。それは、そのとおりでしょう。店員の心の内側では、顧客にイイことをしているわけだからです。良心的な店員であることを自分の信条にしていたのかもしれません。ただし、その“良心的”なことをする相手が友人でなく、“顧客”であることを忘れてしまっています。そこが問題なのです。

再度、ここで「顧客満足」とは何だったかを振り返ると、満足を生み出すものは固定した形のものではないということでした。それはサービス側が顧客にする「期待マネジメント」によって創られるものだからです。そして、この「期待マネジメント」が心理学を顧客満足度を向上させる方法を考えるときに中核になる概念なのです。

【執筆:匠英一】

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マネジメント心理(4):ドラッカーの”実践知”説

■ビジネス心理に「実践知」とは?

ビジネスの現場で学ぶ知識は、あっちを立てればこっちが立たないようなトレードオフ関係にある問題がほとんどです。経営者はとくにこの種の問題を利益優先か顧客サービス優先かなど、悩みながら日々の仕事に追われています。

このようなビジネスの在り方について、ドラッカーは”戦略”を立てフォーカスする目標管理(MBO)が重要だと説くわけですが、ビジネス心理の視点からみるとそう簡単なものではありません。

仕事をする人には、常に矛盾とその解決をめぐる”葛藤”があり、それを解消したいと望む”達成欲求”や”自尊欲求”が働いています。こうした欲求は根源的なもので、自分が一環した自己でありたいという「自己像」(アイデンティティ)に根ざしています。

もちろん、このこと自体は悪いことではなくむしろ良いことですが、少し間違うと自尊心を守るための「自己正当化」の要因にもなるものです。

重要なことは現場の矛盾した問題を解決するためには自己を振り返る(リフレクション)だけではなく、ときに自己否定を繰り返していく”勇気”が必要であることです。この 勇気は勇ましいという意味ではなく、より高い位置から自己を見直し(メタ認知)、適切なものへと改善していくことができる意思をいうものです。

よくいるのは、会議をすると非難はしても自分も責任を持っていることを忘れて、実行しない”傍観者”ですね。こうした人は、新たな変革に向けて自己否定をする”勇気”がないだけでなく、その自己の行動しない理由を探そうと努力しています。

「自己正当化」は現実の中にある矛盾した関係を理解する機会を奪い、本質的な問題から自己を引き離してしまいます。それを超えざるを得ないような場面に立たされるたとき、そこに初めて「一皮むける経験」(金井)のようなことが起きるのです。

ドラッカーは自らの学びをこうした矛盾の絶頂のときに、それをチャンスとして捉えて集中的に学ぶように実践してきたと自伝の中で語っています。 現在自分が関心のあるテーマに、まずは3か月ほど集中して学ぶというやり方です。

そのときこそが学ぶ動機と学ぶ意味を実感でき、問題意識が高まるからです。 そこに学問上の境界線はありません。現実の矛盾をどう解決したらよいか、これはコンサルタントという職業からしても不可欠なことだったのです。

その意味で、ドラッカー自身も矛盾した状態の中でもがき苦しみながらも 、より本質的な解決の道を探ろうとする「勇気」を試されていたと考えられるのです。
逃げることで自己正当化するのではなく、あるがままの弱い自己と向き合いながら、 それを克服する努力(レジリエンス)を学ぶ行動で解決しようと試みてきたといえるのではないでしょうか。

【執筆:匠英一】

 

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マネジメント心理(3):ドラッカーの「ダイアローグ」説

■「ダイアローグ」(対話)の認知プロセスと”納得”の関係

ドラッカーはドイツにいた頃、新聞記者として活躍していました。そのときにインタビューをするという経験が後の自分の考えを創っていくうえで大きなメリットがあったと語っています。

その理由は、インタビューが相手に質問しながら批判的に内容を理解し、論争的な対話(ダイアローグ)を生み出す機会になったためだというのです。
ドラッカーが単なる学者的発想ではなく、人との対話プロセスを大事にしながら自己の思想や視点を深めていくことができるのは、このような新聞記者の経験に支えられていたわけです。

実はドラッカーと同じように、ビジネス心理ではダイアローグを「問題意識を持つ」ための不可欠なプロセスとみなし、初級の教科書の中でも「5原則(PPEED)」のひとつとして重視しているのです。

対話プロセスは結果だけではなく、途中の反対意見に応えてその段階での疑問を相手に示し、当人が批判を受けつつより妥当なものへと発展させていくということです。これは「弁証法」という考え方のベースでもあります。

ダイアローグの中では、疑問の生成消滅のような認知プロセスが現れてきます。それが重要なのは、回答への一直線のような正解主義 では理解の”メンタルモデル”(認知の枠組み)が固定的なものになってしまうためです。

固定的なメンタル モデルとは、よくビジネス書などで語られる「フレーム」だといえます。フレー ムを一般原理のごとく覚えて活用することには便利さが確かにあります。しかし、 これは実践に役に立つような応用力になってきません。そこに思考の固定化がお きてしまうからです。

納得したり解釈を深めていくには、認知科学者の佐伯胖(元認知科学学会会長)が述べるように「視点の移動」が重要なのです。視点の移動は、異なる視点から少しづつそのコアな部分を変形させながら変わらない部分をみるということです。変化の中にある普遍なものを知るというメタ認知の本質に関連する見方だともいえます。

こうした「視点の移動」の考え方は、これまでの心理や教育方面でもはあまり知
られていませんが、何かを比喩的なもの(メタファー)で喩えたり、シュミレー
ションしたり、数理モデルに表現し直したりすることは認識に不可欠なことです。

たとえば、三平方の定理は数理的な証明ではなく図解イメージで証明することも
できます。数理的な証明は数学の理論の中では確からしい事実として認識はでき
ます。

ところが、それが私たちにはぴんと来ないようなことも一方で感じるのではないでしょうか。確かに数字のルールでは正しいとしても、そこに真実味や納得に必要なイメージの変形がないことに不満を感じるわけです。
それで図解イメージを使って、同じ”内容”を別の視点から証明してみると、以前よりその 数理的な意味がもっと深くわかるようになってきます。

このような複数の視点からの解き方を知ることで、それぞれを単体で理解している以上に、二つの異なる視点から同じ対象についての理解 ができます。そのときに、「なるほど!」という納得感(アハー効果)が生まれるわけです。

こうした納得の認知プロセスを妨げる要因について、佐伯著『わかるということの意味』では、次のように述べられています。
≪ これに対して、「問題として直接求められていること以外は何も求めてはいけない」と思いこんでいる「わかっていない人」にとって、答えを出すことは 、「正しい求め方」に正しく従って出された「一種の儀式」になってしまってい るのだ≫

さらに著者は次のようなことを強調します。
≪ 大事なのは、世界に対 する「構え」である。「与えられた問題文の表面的問いを越えて、その世界では 自分なら何ができるか、どういうことがわかりうるかを探し求める気持ちで読み 取る.....世界を単に正確に写しとろうとするのでなく、世界に操作を加え、 はたらきかけ、変化させて、何か、既知のものから未知のものをさがし 求めてみようとする」営みを、「わかろうとする」ことと呼ぶの である。 ≫

人は自分の経験の中で「私が得意とする小さな世界」をさまざまに持っています。それらがダイアローグ(対話)という場の中で交流することにより、相互に結びつき、 「大きな世界」が構成されていくこと。そのような対話的な弁証法のプロセスこそが「納得する」ことへの世界の広がりだと考えられるのです。

【執筆:匠英一】

 

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マネジメント心理(2):ドラッカーの「役割」説

■マネジメント心理(2):ドラッカーの「役割」説

組織やチームの責任者として役職を依頼すると、ほとんどがメンドウで責任を持ちたくないと思うのか誰かにそれをなすりつけようとします。
ところが、残念なことにそれが自らの成長をストップさせる要因になっていることに気づかないのです。 責任をとるという立場が求められるときこそが、自己成長の機会なのだということがわかっていないのです。

役割は人を創るというとおり、その人の自己認識を変えるうえで重要な認知的制約なのですが、そのことがわかっていないわけです。そのためにとにかく面倒なことには責任を負いたくないという意識が先に立ちます。

このことができない人の典型パターンなのです。
何かを学び、そこで成長をはかりたいなら、それにふさわしい役割を持つことです。なりたい自分にふさわしい役割が権限を持つことになり、一方では責任も伴います。
しかし、そうであってこそ、本来の自己の強みも活かせるようになるのです。

逆にもし役割を持ちたくない(持てない)のだとすれば、それはその組織や場に来る意味が少ないということです。 本当にしたい事や自分の夢と繋がらないなら辞めてしまって別の組織に身を置くほうがプラスだといえるかもしれません。

【執筆:匠英一】

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マネジメント心理(1):ドラッカーの”強み”説

■マネジメント心理(1):ドラッカーの”強み”説

ドラッカーは強みにフォーカスした戦略や経営の在り方を強調します。
強みと弱みは常に一体と思っておく必要があるのですが、ここは「強み」をより一般的な能力概念として強調しているところです。

注意したいのは、強みを狭い能力要因に還元しているのではなく、あくまで個性を伴うその人らしい一般特性としての強みであることです。それと合わせて「組織」という単位を強調し、組織の存在が強みが弱みを無にすると言っていることです。

人の能力や成長をはかる戦略としての強み論は、たとえば、「学習力」が強みだという場合がそれに相当します。このときに、学習力の下位のレベルの「速読力」といったものを強みだとした場合、これは学ぶという活動全体の一部であるため、熟読できる力を欠くという弱みとう裏腹にある能力かもしれません。

あるいは、速読は技能としては評価できるにしてもその分野が小説などの軽い読み物である場合、逆に哲学や経済等の硬い読み物を敬遠している弱みになっているかもしれません。

つまり、強みを弱みにする「条件」とはひとつにはそのカテゴリーの”範囲”が重要だということです。狭く限定されたカテゴリーでは現実の活動において、制約や範囲が限定されてしまうためパフォーマンスが期待された形では外化されないのです。ここに一般的な強み論の脆さと問題点があります。

強みにフォーカスするというドラッカーの説は、組織的な活動の中でこそそれが正しく妥当性を持つことに注意しなくてはなりません。どうしても我々は心や能力の在り方を「個人の中」に見てしまいがちだからです。

組織は人の”組み合わせ”によって成立するものです。そこに1+1=3になるような相乗効果が働くからです。マイナスをプラスにはできなくても”無”することができるのは、そうした個人内ではなく組織内のことだということです。

問題なのは、こうしたビジネス書にありがちな「強み説」の”単純化”です。 いかにも科学的と称しているところに問題があります。それをカモフラージュするため、海外の有名人に接触し、ペアになった写真を撮って自分がその人と懇意であるかのように見せたり、日本に招待したりして後光効果をねらった見栄えに努力している姿がよくみらます。

一方では、こうした強み弱みの本質的な理解を妨げてしまう受け狙いメソッドがもてはやされています。とくに自称ポジティブ心理学の”オピニオンリーダー”と称する一部の研修講師にありがちなのですが・・・。

本当の専門で研究歴もある学者は、ビジネス書でポジティブ心理などを解説するときにも、留意すべき条件をつけていたり注意しています。 ですが、それを読んで受け売りしている研修講師などでは、結果だけの利点を強調することになってしまっているのです。

【執筆:匠英一】

 

 

 

 

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