組織行動心理(6):イノベーションの心理学

イノベーション心理学は創造性心理学とどう違うのでしょうか。そのテーマの違いはイノベーションの「革新性」という面と「商行性」と関係してきます。ビジネスへの応用を考えるとき、この二つの概念を定義しておくことが必要です。

ビジネス分野での「革新性」とは最初から独創性を求めるものではなく、すでに既存にあるモノをいかに目的に応じて組み合わせるか、その新さにあります。技術的な革新性の多くは異なる既存の技術を組わせて機能の新しさを生み出し、結果として革新的な商品になっているといえます。アップルのジョブスCEOが生んだスマホはその典型的な商品です。

また、「商行性」とはここで定義する造語であり、売り方や市場の展開の仕方の独創的な面を意味しています。それはモノを売れる形にして普及させていく過程全体を意味するものです。これはマーケティング的な活動領域での独創性ともいえるでしょう。

この二つは切り離されてはビジネスでは成功できませんが、イノベーションを現実の力にしていくのは「商行性」がより重要になってきています。その理由はモノからサービスという見えない価値を形にしていくビジネスモデルの在り方にあります。

そして、こうしたイノベーションを推進していく人材が求められるわけですが、その人材とはどういう人なのでしょうか。それが「タレント」だとするのが、酒井崇男著『「タレント」の時代』に述べられたものです。

酒井は設計情報を産み出せる人材こそ「タレント」なのだといいます。そしてシリコンバレーやグーグル社がイノベーションで成功しているのは、このタレントを育み成長させる仕組みがあるからだとみます。とくにグーグルの優れた人材採用の方法は、個人で採用する方式ではなく、創立したベンチャーのトップを買収で獲得し企業メンバーを含めたタレント集団の獲得だと述べています。

つまり、グーグルの成長はそうしたタレント集団の獲得をベンチャー買収の形でおこなってきたのであって、人材採用を個人の”資質”レベルで考えているのではないことなのです。興味深いのは創業者を狙った企業単位の買収であること。それは実践コミュニティである企業という組織に注目しているという点に斬新さがあります。グーグルは他社が追随できないほどの人材獲得費用を企業買収でおこなっていたのです。

日本の大手企業にこのような発想はまったくないし、またあったとしても継続できるほどの資金のある会社など限られているでしょう。ソフトバンクが唯一それに近い会社かもしれませんが、それは孫正義という特異なタレントだからこそ理解できるのかもしれません。

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組織行動心理(5):ジョブ型雇用の心理的課題

ジョブ型かメンバーシップ型といった雇用の選択に関する課題が本格化してきています。欧米のような専門技能を重視した「ジョブ型」の雇用では、「ジョブ・ディスクリプション」という職務記述書による事前の仕事内容の取り決めを越えた事は要求されません1。これは被雇用者にとっては一般にはメリットと考えられますが、チーム型の仕事など現場での柔軟なワークデザインが雇用者側にできなくなるデメリットもあります。逆にこれが日本の職務型のメリットでもあるわけですが、ここにはジョブ型か職務型かという人材採用方法の違いがあります。

こうしたことは、ビジネス環境の変化の中で専門性の高い能力を要求されると同時に、自分の生きがいや個性を重視するようなキャリア観の違いも反映されてきている面もあります。就職活動や昇進のときは、自分が専門職か総合職なのかといった葛藤も含まれますが、それ以上に長期にわたる自己のアイデンティティのイメージが変わってきている現実を理解しておく必要があるでしょう。

日本式の職務型では成果主義のような評価法は馴染まない点もありますが、それをカバーするような役割等級制が日本ではジョブ型に近いともいえます。ただし、ジョブ型の本来の良さを考えると、役職はあくまで付属的なものであって専門性を活かせる条件の一つにすぎません。ジョブ型は仕事の面白さや幸福感をその活動自体に見出し、自己の存在意義が実感できるという点が重要だからです。

このようなジョブ型の日本のビジネス業界への浸透はまだ時間がかかるかもしれませんが、専門性を活かせる社会基盤が整っていくならば必然的に浸透していくと考えられるのです。その社会的基盤の中核の人材育成を担うのが大学ですが、カリキュラムや評価法も採用方式の変化に合わせて改革が迫られているといえます。

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組織行動心理(4):目標管理の方法

ジョブ型雇用は目標管理の在り方も変化させることになってきます。その特徴として、専門性の高さとコミュニケーション力の二軸による評価システムが普及してくることでしょう。専門性はプロ意識ということとスキル能力の二軸がありますが、そうすると目標管理において専門性×コミュニケーション力×プロ意識×スキル能力という4つのマトリクスが設定できます。つまり、これらの4つの領域における有能性が問われるわけです。

このような視点からすると、それぞれの個別の能力を向上させる研修よりも、もっと相乗効果を生むようなワークスペース・ラーニングが求められるといえます。ワークスペースという意味は”職場”という狭い意味ではなく、勤務の状況全体の中での人を成長させる構造や道具や仕組みのことです。そうした人工物のトータルな環境と人(主体)との相互の影響が何かを理解することがワークスペース・ラーニングの意図するものなのです。「能力の媒介性」について石黒広昭は次のように述べています。

『ヴィゴツキーは二種類の道具を区別する。一つは物や構造やシステムを作り出す技術的な道具(technological tool)であり。もう一つが記号や言語のような心理学的道具(psychological tool)である。媒介活動の重要性は、それが人間を対象世界に結びつけると同時に他の人々とも関係づけることにある。』(『心理学と教育実践の間で』(東京大学出版)p119)

つまり、石黒がいうように知識が媒介的なものであるとすれば学校教育が前提としてきたテストによる評価行為も大きく変える必要に迫られます。それについて、続けて石黒は次のように述べています。

『そうなると、学校教育においても道具媒介活動は当然視されなくてはならないし、子どもたちが積極的に多様な資源を用いることができるような活動の場を組織することこそが必要になってくる。』(同著p119)

『具体的な行為が起きた文脈が剥奪されるのと同時に、別な文脈が与えられるのである。その意味で、脱文脈化とは文脈の変更である。その変更される先にある文脈は「特権化」(Wertsch,1991)された文脈である。』(同著p120)

こうしたことからすると、目標の設定とは何かという問題意識は次のように言い換えることができます。
「目標の設定とは、自らの状況(組織)の中で求められる能力を先取りして行動していくための心理的リソースである」

こうした状況認知的な発想は当然ながら具体的な面でどう利用ができるのか、という応用面での問いが生まれてきます。目標の意識的なレベルでの分類としては次のような3つの形態が仮定できます。
1:MUST=「しなければならない」という義務的な意識
2:WANT=「したい」という自らの自律的な欲求を持つ意識
3:WILL=「するだろう」という未来への自然な動きとしての意識

3つのレベルは、組織における理念などを考えるときには発達段階を想定することもできるでしょう。この場合、MUST⇒WILL⇒WANT という段階で理念を自らの意識に取り込んでいくと考えることができます。最初はどうしても外在的な義務的なものとなり、それが習慣化されるにつれて自然な行動に移り、さらに自らのミッションといった欲求レベルにまで発展していくといったプロセスです。

このような発達段階のプロセスは、理念の発展性を意味づけると同時に個人がいかにして組織のエンゲージメントを高め一体となった目標観を持てるようになるかを示すものです。ただし、注意しなくてはならないのは発達段階は一般化されたものであり、理念自体の意味づけやそのプロセスはかなり幅があるとみなくてはなりません。理念自体がいかに良いものであっても、その価値観なりを自らの共感と重ねるのは当人の考え方やスキーマという認識の枠組みに関わってくるからです。

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組織行動心理(3):「組織市民行動」と“プロ意識”

 「組織市民行動」という概念は、企業の中で役職に関係なく他者と協力したり、全体のために自らすすんで正しい行いをすることです。これは理念を重視する経営戦略にも不可欠なものとして重視されていますが、次のような点に注意する必要があります。

1:”市民”という内容が社会学の「適応理論」がベースとなっているため、既存組織に順応すること自体が善とみなされること

2:”組織”という内容が制度・ルールなど含む”文化的”なものとしてではなく、特性を表わす”機能の集合”として捉える結果、そこにある機能が固定化されて見てしまうこと

本来の組織市民行動はその場にある組織文化と切り離せないものです。そして、組織文化は組織の「エンゲージメント」にも影響することもわかっているため、生産性とも関連することは明らかです。しかし、こうした組織の問題を組織市民行動の構図でみてしまうと、その組織の変化・発展性のリアルな姿や問題の矛盾といったことが見えてきません。

組織エンゲージメントにしても組織文化との関係を問題にするなら、どんな文化なのか、またそれがどんな人間関係を生み出すのか、そうしたことをアンケート等の“量的”な理解だけでなく“質的”にみないとその是非を論じることはできないからです(★2)。組織エンゲージメント自体が最初から「良いもの」という前提で、それを促進する要因が組織文化だとするなら一面的な見方でしかないからです。

このような組織心理に関して、組織行動論の問題は左記の3点が相互に関係しながらも、核になるのは組織と個人の関係を変革的な視点から捉えているかどうかです。そこにある組織と個人の”矛盾”に対して、どんな認識を持つかということなのです。

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組織行動心理(2):「組織市民行動」を強化する要因とは?

市民行動説の問題点について対人関係の心理から分析してみましょう。市民の道徳的な意識については市民的モラルのような道徳心理の面からみることができます。例えば、ゴミが道に落ちていたときに拾う行為は道徳的なものですが、同時に自らがそのコミュニティの一員であると思えるかどうか、つまり「共同体感覚」(アドラー)の問題でもあります。

自分達の仲間関係がよければゴミがあれば拾う意味もありますが、それが弱ければ意味は薄くなり行動しないことになります。ここには”貢献”というテーマとも関係してきますが、こうした互いの関係性を越えて道徳的な価値観として清潔を重視している場合、それはゴミを拾うことが「人のすべき事」としてそれをするでしょう。

このように現実の関係性か普遍的な道徳的な価値(倫理)かという二つの分類をすることで、道徳的な行動の二つの基準がみえてきます。いずれも人間関係を重視していますが、道徳的な価値を優先するのは「信念」としての「価値主導型ライフスタイル」と定義できます。

一方、仲間や人間関係を重視している場合は「関係型ライフスタイル」です。そこに人からの承認欲求や自尊心が関係してくるはずです。そして、これは「5Q説」(日本ビジネス心理学会)を当てはめると、前者はOQ型であり後者はSQ型となります。

つまり、市民行動説の基準を考えるとライフスタイルの二つのタイプがあることがわかり、そのタイプに応じた組織改革の方向づけが次のように見えてきます。

1:「価値主導型ライフスタイル」
⇒組織改革は”理念”への共感をベースにする「理念経営」に適している
2:「関係型ライフスタイル」
⇒組織改革は”仲間”への共感をベースにする「アメーバ経営」に適している

ここでは理念経営を重視しているため、価値主導型ライフスタイルを位置づけながら、いかにして道徳的な価値意識にまで学びを深めるかを検討してみましょう。

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組織行動心理(1):「見せかけの勤勉」の心理学的根拠

『「見せかけの勤勉」の正体』(太田肇)では次のように「見せかけの勤勉」を定義しています。

『小売業B社のC店は、全店舗のなかでも売上げが最悪だった。その主な原因は職場の人間関係にあった。店員はパートタイマーが主力だが、いたるところに仲良しグループができていた。昼時にはグループごとに食堂の片隅に集まって、ほかのグループの悪口や仕事のグチを言い合う。・・・・(中略)・・・・西村は店長に就任するとすぐ、店員に対して二つのことを約束させた。一つは、昼食はみんなで一緒にとること。もう一つは、言いたいことがあれば陰口をたたくのではなく、会議室に集まってみんなの前ではっきり言うこと。たったその二つを実行しただけで職場の人間関係は目に見えてよくなり、やがてC店は全店舗のなかで業績がトップに躍り出たのである。』(同著p85)

太田が指摘するのはリーダーの「やる気主義」が逆効果となっている現状があることです。そのために、いかに現場の”仕組み”の中にある「やる気を失わせているもの」を取り除くのか、そこに注力したことで改革が成功したというわけです。

一般の店舗ではリーダーが部下に「やる気主義」を教えようと努力し、その結果は表面だけの精神論でやる気を創り出そうとしてしまいます。現場にあるやる気をなくす”仕組み”を無視してしまっているからです。

この場合の事例でいえば、悪循環を生み出すものが「小グループに分かれて陰口を言い合う」という状況にあります。そこで「食べる行為」の場を利用して、皆が不満も言えるような仕組みを創ったところに解決の道筋があったといえるのです。

そして、この経営における「やる気主義」の自己矛盾は、学校における”いじめ”の「仲良し主義」と同じ構造を持つ問題なのです。どうしていじめを無くそうとしているのに、逆に増えてしまうのかという問題の根源にあるのは、やはり個人の”精神”にいじめの原因を求める「仲良し主義」にあります。

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コーチング心理(6):日本人はなぜ規則・ルールを文書化するのが嫌いなのか?

■日本人はなぜ規則・ルールを文書化するのが嫌いなのか?

前田裕二氏は20代でネット事業で上場企業にも投資させるほど話題になりました。その著書の中で米国と日本のビジネス慣習の違いを次のように述べています。

『日本は傾向として、作られたルールの中で成果を出していくことに競争性があります。その面に関しては、本当に勤勉で、しっかり結果を出していくことに競争性があります。しかし、アメリカの場合、先にルールや、ハコを作ってしまいます。作られたハコの中で各国が競争していく状況に持ちこむマウントプレイがうまい。当然、ルールを作った当事者であるので、アメリカが一番強いプレイヤーでもいられます。アメリカの優れた起業家は、既存のビジネスの精度を高めるよりも、はなからプラットフォームを作っていく発想をします。つまりルールブックを、自分で書いてしまうのです。』
(「人生の勝算」p223)

米国は訴訟社会といわれるように法律体系を軸に相互の利害調整をしています。その点では自己と他者はもともと立場の異なる人間同士として向き合う形を前提にしているといえます。だからこそ、事前に互いの違いを明確にするうえでも“契約”として相互承認が求められるのです。

ところが、日本ではそうした事前の明確な契約は“形式的”な文書という「建て前」とみなされ、できるだけ相互の話し合いの中で承認し合える関係づくりを重視します。つまり、日本人にとっての「契約」は、ルールを互いに守る“前提”ではなく、あくまで相互の親密な関係性が外に現れたものとみなしているのです。

そのために契約内容も相互の信頼性を確認し合うような抽象的な言い回しが多く、「共につくる」や「互いに尊重し合い」といった信条を記述したルール・規則の文が目立つことになります。取引でのトラブルの解決への前提条件など明らかにする内容ではなく、あくまで相互に在りたい姿を表現した”合意”が形式的に示されているものです。

日本人がルール嫌いとも受け取れるような現象がみられるのも、実のところその集団内での互いの居心地の良さを求めた結果です。さらに、そこには「同調圧力」による合意形成という問題が隠れています。

「同調圧力」は「内集団バイアス」の現れとしても知られますが、他者を認めての合意ではなく、他者からの目を気にして嫌われたくないという感情が強いことがその特徴だともいえます。そうした同調圧力が生まれてくる背景には、互いが認めあえるような対等な関係よりも、安心のための「居心地の良さ」を優先する心理が働いているとも考えられます。つまり、同調圧力を押し付けてくる人と同調圧力に流される人は、表裏一体であることに注意が必要といえるでしょう。

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コーチング心理(5):ビジネス心理式ダイアローグの意味

■ビジネス心理式ダイアローグの意味

ビジネス心理ではダイアローグを「問題意識を持つ」ための不可欠なプロセスと
みなしています。プロセスは結果だけではなく、途中の反対意見に応えてその段
階での疑問をひとつづつ解決していくことです。そこには疑問の生成消滅のよう
な弁証法の特徴が現れてきます。それが重要なのは、回答への一直線のような形
ではメンタルモデルが固定的なものになってしまうからです。固定的なメンタル
モデルとは、よくビジネス書などで語られる「フレーム」だといえます。フレー
ムを一般原理のごとく覚えて活用することには便利さが確かにあります。しかし、
これは実践に役に立つような応用力になってきません。そこに思考の固定化がお
きてしまうからです。
納得したり解釈を深めていくには、認知科学者の佐伯胖が述べるように「視点の
移動」が重要なのです。視点の移動は、異なる視点から少しづつそのコアな部分
を変形させながら変わらない部分をみるということです。変化の中にある普遍な
ものを知るというメタ認知の本質に関連する見方だともいえます。
こうした「視点の移動」の考え方は、これまでの心理や教育方面でもはあまり知
られていませんが、何かを比喩的なもの(メタファー)で喩えたり、シュミレー
ションしたり、数理モデルに表現したりすることは認識に不可欠なことです。

たとえば、三平方の定理は数理的な証明ではなく図解イメージで証明することも
できます。数理的な証明は数学の理論の中では確からしい事実として認識はでき
ます。ところが、それが私たちにはぴんと来ないようなことも一方で感じるので
はないでしょうか。確かに数字のルールでは正しいとしても、そこに真実味や納
得に必要なイメージの変形がないことに不満を感じるわけです。
それで図解イメージを使って、同じ”内容”を別の視点から証明するとよりその
数理的な意味がわかることになります。
それぞれを単体で理解している以上に、二つの視点から同じ対象についての理解
ができると私たちの認識になるほどという納得感(アハー効果)が生まれるから
です。

佐伯著『わかるということの意味』では次のように述べています。
「 これに対して、「問題として直接求められていること以外は何も求めてはい
けない」と思いこんでいる「わかっていない人」にとって、答えを出すことは
、「正しい求め方」に正しく従って出された「一種の儀式」になってしまってい
るのだというのである。
このことから著者は、「やってみてはじめてわかる」ことの重要さを強調する。
しかし、「とにかく経験」式の、
「はいまわる経験主義」が主張されているわけではない。大事なのは、世界に対
する「構え」である。「与えられた問題文の表面的問いを越えて、その世界では
自分なら何ができるか、どういうことがわかりうるかを探し求める気持ちで読み
取る.....世界を単に正確に写しとろうとするのでなく、世界に操作を加え、
はたらきかけ、変化させて、何か、既知のものから未知のものをさがし
求めてみようとする」(34頁)営みを、著者は「わかろうとする」ことと呼ぶの
である。 」
さらに次のように述べています。
「「『わかる』ということは、実は、『わかっていること同士が結びつく』とい
うことにほかならない」というのが著者の結論である。第 III 部で著者は、ス
ーパーのベテラン買い物客、ブラジルの観光地の路上でキャンディを売る子ども
たちが、経験を通して計算の「かしこいやり方」を身につけていることを紹介す
る。そのような、実践の中で構成されてきた「私が得意とする小さな世界」を人
はそれぞれさまざまに持っている。それらが何らかのきっかけで相互に結びつき、
「大きな世界」が構成されていくことこそが、「なっとくする」こと―認識世界
の広がり―だというのである。」

 

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コーチング心理(3):「イマジュネーション・モード」

「イマジュネーション・モード」

ビジネス心理学では“解決志向”(ソリューション・フォーカス)のカウンセリング法が重視されています。これは過去の原因論に対して未来への目的論からカウンセリング論を説いたアドラーの見方とも一致するものです。

確かに目的論から今の自分が“選択する”という面を強調するのは大事ですが、ひとつ問題があります。それは未来をどれだけ具体的に描けるか、実感としてイメージできるような具体性や根拠を感じることができるかと、いうことです。そうした未来の姿を描く力、つまり「イマジュネーション」があってこそ具体的にそれを実感することができるのではないでしょうか。

この心理の問題は哲学でも論じられてきたものです。「イマジュネーション」とは何かを改めて考えるとなると難しいものだからです。

一つ目はイメージが言語的か絵的か、という認知的な課題があります。
二つ目にはそこにシュミレーションするための素材が何か、情報の質と量がどう関わってくるかというナレッジの課題があります。

この二つの問題は区別しなければ論じられませんが、「イマジュネーション」は両者を統合して初めて実質的なものになると考えられるのです。

さらに三つ目としては、目的志向の考えである「実存性」が重要になってきます。アドラーやドラッカーが述べたように、目的を持つことで外界への態度や行動は変わってきます。そこでは認知的フォーカスの差が現れると同時に、必要な素材としてのナレッジが集約し統合されてきます。

つまり、目的志向は人がどう在りたいかという実存性を浮かび上がらせ、同時にそれにふさわしい意識と行動の主体性を生み出す結果になるからです。

成長マインドもこの目的志向と不可分といえます。どちらもが未来への態度を決める相互作用の関係にあり、どちらが上下の概念かを決めるのは難しいわけですが、成長マインドは目的抜きには在りえないといえます。
目的には構造性があり、かつ下位と上位との多様な連続性があります。だとすれば、その目的構造をどう表現できるかは「イマジュネーション」の具体的な姿を知るうえでも重要です。

こうした考え方の前提にはそれが単なる直感的なものとしてではなく、より全体的で構造のあるものとしての抽象化を考える必要があります。抽象化することにより、概念の内容と関連させて理論としての精度が上がってくるためです。

人の成長マインドはいつまでも漠然とした内容で終わるのではなく、抽象化によってメタ認知ができる「持論」へと発展させていくことが求められるのです。
すなわち、抽象化の「持論」と、その他の面である直感化の「イマジュネーション」が分かちがたくひとつの体験を支えるものとなった状態こそが、最大価値を生み出す心の状態であると考えられるからです。

この二つの対立概念をどう統合するかにあります。そこには経験と理論との関係を含めた難問があります。しかし、対立的なものの中には弁証法にいう止揚の新たな発展がみえるはずです。そうした実践的な統合への働きかけで、どうそれらの対立的なものを統合しながら成長そのものへとつなげていくかが重要だからです。

【執筆:匠英一】

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コーチング心理(2):「快善モード」

コーチング心理学の課題(2):「快善モード」

これからの豊かな「心の時代」を築いていくために、 ビジネスにおいてコミュニケーションと能力開発の2つの柱が重要です。そこでまずは心理学として手堅く効果をあげる方法は何かと問えば、「コーチング」ではないでしょうか。

そうした問題意識から10回ほどにわたりコーチングに関連する心理学の内容を整理していきたいと思います。
そこで、まずは仕事で活躍し生きがいを感じていくうえで不可欠なもの「快善モード」というテーマから検討してみましょう。

ここでの「快善」はポジティブ心理学の“快”と“善”を意味するものです。そこにトヨタのカイゼンの考え方を組み込んで実践的な意味を加えたものです。本来、トヨタ自動車のカイゼンは日常の仕事をどう工夫し常に良くしていくかを考え行動する原則として機能しているコンセプトです。その原則はトヨタという価値を創りだす源泉でもあるわけですが、そこにはただ良くする便宜上の仕方以上の内容があります。

それはカイゼンを“危機感”をベースにしていることです。興味深いのはポジティブな危機感ともいうべき感情要素を含む内容にあります。自己と組織の強みを活かす面とこの危機感が結び付いたところにトヨタのカイゼンという行動原則が働くというわけです。

たとえば「多工程もち」という仕組みの考えは、トヨタの社員に複数の工程を持たせることです。その仕組みによって、常識では得られない工夫や柔軟な思考と対処の仕方を学ぶ力ができることをねらいとしています。トヨタのカイゼンに求められるのは、効率性だけでなく同時に学習性の高さであり、そこに人の成長をみるというのです。そして、言われたことをやるのではなく、付加価値を高める知恵を出すことだというのです。

もうひとつ例をあげると、「ムダをなくす」ということにそのカイゼンの考え方のユニークな特徴をみることができます。ムダとは、作り過ぎ、打ち合わせ、移動、在庫、動作、紙など資源、やり過ぎなど。

しかし、とくに問題なのは「やり過ぎ」だというのです。さらに、カイゼンの要となるのが「標準作業」を決めることです。それを決める作業の中で逆にムダを浮きぼりにできるという見方をするのです。そのため標準作業のマニュアルを作ることも、一般のマニュアルのように使われるものではなく、現場の人が自ら書き換えながら作るものとなります。

※【執筆;匠英一】

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